ルイ16世の姓名は、「ルイ・ブルボン」だったのか

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失政すると、名前まで人気がなくなるのだった

英国のウィリアム王子とケイト妃の間の長子の名前はジョージである。全名はジョージ・アレクサンダー・ルイ。じゃあ、アレクサンダーがミドルネームでルイが姓なのかというと、どうもそういうことではないらしい。

そのことは後で考察するとして、父親のウィリアム王子の父の名は、当然ながらチャールズだ。チャールズのお父さんは「フィリップ」だが、母親が王位継承者(エリザベス2世)なのでそのお父さんはというと「ジョージ(6世)」、ジョージのお父さんも「ジョージ(5世)」、そのまたお父さんは「エドワード(7世)」……。いずれ、ジョージ王子が王位継承すれば、「ジョージ7世」になるのだろう。

こんなふうに、イギリスに限らずヨーロッパの王室は、同じ名前の王様が何人も出てきて、高校時代、ずいぶん苦労した覚えがある。ちなみに今、手許にある年表に出てくるイギリス国王の名前をカウントしてみると、ヘンリー8人、エドワード8人、ジョージ6人、ウィリアム4人、リチャード3人、ジェームス2人、チャールズ2人、スティーヴン一人、ジョン一人である。

そしてこうした名前を見ると、人気がある名とそうでない名がある。人気なのは「ヘンリー」と「エドワード」「ジョージ」で、歴代で一人しかいない不人気名は「ジョン」と「スティーヴン」だ。このうちジョン王の方は、その不人気の理由がはっきりしている。

ジョン王は、歴史の記述において「失地王」と称されている。イギリス王室がフランスに有していた領地を失ってしまうという大失態を演じ、以降、「ジョン」という名を継承するイギリス国王は、現在までに一人も現われていない――。ということは、僕も高校で習ったし、かわいそうなジョン王と思いつつ、笑いながら先生の話を聞いた記憶がある。

かわいそうなジョン失地王

教科書などに出てくるジョン失地王。失地してしまうと、顔まで間抜け(?)に描かれてしまうのか。

一たび「失地」してしまったら、その八百年後の、遠く離れた東洋の一国の、高校世界史の授業において、授業を熱心に聴いてない高校生にさえ笑われてしまうのである。中国やロシアや韓国が、領土問題で強硬になるわけだ。逆にいえば、沖縄を返還したアメリカは、世界史という観点でみれば、とてつもなくすごいことをやってのけた国であるのだろうし、その当時のニクソン大統領を「失地大統領」などとは呼ばないアメリカという国を、僕は個人的にはとても尊敬するのである。

「姓」について西洋と東洋を比べてみると

それはともかく、ロイヤル・ウエディングに際して、もう一つ疑問を抱いたのは、ウィリアム王子の姓、さらには歴代の王様の姓は何というのか、ということだ。これは、高校生のときに感じた疑問でもある。

現在のイギリス王室は、「ウィンザー朝」である。では、ウィリアム王子の姓名は、「ウィリアム・(ミドルネーム)・ウィンザー」なのか? 調べてみると、一応そうだと言えるようである。正式な姓(「姓」という表現が適切なのかどうかはわからないが)は、「マウントバッテン=ウィンザー」とのことだ。ウィリアム王子の“ミドルネーム”は、「アーサー」「フィリップ」とジョージ王子と同じ「ルイ」で、これとあわせると、ウィリアム・アーサー・フィリップ・ルイ・マウントバッテン=ウィンザーになるのかならないのか。どうもこのあたりはいくら調べてもよくわからないところだ。

それも謎ではあるのだが、そもそもイギリスでは、プランタジネット朝→ランカスター朝→ヨーク朝→テューダー朝→スチュワート朝→ハノーヴァー朝→ウィンザー朝と何度も王朝が変わっている。つまり、姓というか家名も変わっている。なのに、なぜ、ウィリアムやヘンリーやエドワードといった王様の名前の〇世の部分が、「通算」になっているのか? とても疑問だ。

たとえばエドワード1~3世はプランタジネット王家だから、「エドワード・プランタジネット(?)1~3世」とし、エドワード4~5世は、ヨーク王家だから、「エドワード・ヨーク(?)1~2世」にすれば、据わりがいいのではないか。

「据わりがいい」とかそういう問題ではないのだろうけど、しかし中国(史)の場合は確かにそうなっている。

漢という王朝の皇帝の姓は「劉」だ。初代は劉邦で、以下、劉盈、劉恭、劉山……である。中国の場合は、儒教の教えで、父親や先祖と同じ名前を付けるというのは御法度だそうだから、劉邦2世は存在しない。で、漢の次の王朝である新の皇帝の姓は「王」、その次の後漢はまた「劉」、三国時代を制した魏が「曹」、その魏を継承した晋が「司馬」……、というふうに続いていく。

中国最後の王朝である清は、女真族、すなわち遊牧民族によって建国され、初代皇帝は、ヌルハチという人物である。遊牧民族には、姓がない。が、皇帝には、天命の証としての姓が必要だから、「愛新覚羅」という姓を考えだし、ヌルハチはそれを名乗った。

中国では、皇帝となる――天の命を受け地上を統治する――ということと、「姓」が分かち難く結びついている。というよりも、天は、(たとえば)「劉」という姓に、地上の統治権を与えたという思想があるのだろう。で、新しい王朝が立ったときは、天は「劉」を見放し「曹」を選んだ、という理屈が成り立つ(『三国志』にそんな一節があったような気がする)。

だから、晋王朝のように、「天命を受けた者」として、「司馬」という姓が選ばれるケースもある。「司馬」は、日本の姓でいえば「近衛」とか「鷹司」といったところだ。つまり、皇帝の近侍たるべき姓で、皇帝にふさわしい姓とは言えない。しかしそれでも、天が選んだのだから、それでいいということなのだろう。

ちなみに日本の天皇家に「姓」がないのは、世界的にも有名なんだそうだ。日本の天皇家は、中国の清王朝とはまったく逆に、歴史のいずれかの時点で「皇帝の証」として姓を消したらしい。姓を名乗らないことで、あまたある姓の中から抜きん出て、特別な存在になろうとしたのかもしれない。そして、臣下に姓を授ける大権を得た。

「姓」を名乗らないのは、王家の特権?

ヨーロッパの王室の話に戻る。

実は、僕が大昔に疑問に感じたのは、イギリス王室ではなく、フランス王室の方だった。

「ルイ16世は、オーストラリアのハプスブルグ家から、マリー・アントワネットを王妃として迎え……」という記述に接したときに、「それなら、マリー・アントワネットの本名は、マリー・アントワネット・ハプスブルグということになるのか。どっから名前でどっから名字なんだろ?」と思い、さらには、「ルイ16世は、ブルボン王朝というから正式な姓名はルイ・ブルボン??? でも、なんでそのルイ王が名前だけで、革命闘士のダントンやロベスピエールは姓だけで記されているんだろ、な~んか変だよなあ」と思ったりもした。

で、今、考えるに、ですね、ヨーロッパの王家の姓というものは、これは、「姓」にこだわる中国型と「姓」を消してしまった日本型の中間にあたるのではないか。

ヨーロッパの王家は、みんなつながっている(ということは常識かもしれないが、僕は今回はじめて知った)。そもそも、「ウィンザー」という家名にしたところで、もともとはドイツ系「ザクセン=コーブルク=ゴータ」家だったのだが、ナチスが台頭する中で、国民感情に配慮して改姓(?)したものなのだそうだ。

ヨーロッパの王室および公室のそれぞれの家は、「藤原一族」の中の近衛さん、鷹司さん、一条さんだったり、「源一族」の中の足利さん、新田さん、武田さんだったりするのと、ちょっと似ているのかもしれない。

だが、そのように同族であるがゆえに、(たまたま)王家になった家だけが姓を消すことは不可能である。日本の天皇家の場合、姓を消したのは古代であったから、それが可能だったのだろうが、ヨーロッパ各国の王家では無理だ。なにしろ、フランス王朝の始祖とされるカペー王朝が始まったのは10世紀だ。

ただし、王家となった家は、やはり、一族の中で特別たらんとする意識が常に働き、それが「ヘンリー〇世」「ルイ〇世」という、「名だけ」の歴史記述に反映されたのではないか、というふうに素人推理したりするのである。それが証拠に、カペー王朝の初代は、教科書にも、「ユーグ・カペー」と「姓名」で記されているではないか。

とまあ、そういったことを今回、ネットで調べ、そして考察してみたのだった(素人調査につき、記述には誤謬が多々あると思います)。そして思うのである。高校時代、最初に、ヨーロッパの王室の「姓」について疑問を抱いたとき、もしネットがあったとしたら、僕はここまで熱心に調査しただろうか?

それは絶対にしなかっただろうなあ、と確信する。あの当時は、なんというかこの手の面倒くさいことはいっさいやりたくなかった。だから、先生に質問することもしなかった。先生に訊こうものなら、「よ~し、放課後職員室に来い、じっくり教えたる!」と言われそうで、貴重な放課後の時間を削られるのが恐かったのだ。

さて、先にイギリス王室の不人気名のことを記したが、(ウィリアム王子の父親であるところの)チャールズ皇太子は、なんというか、ちょっとナンですな。ダイアナ妃とカミラさんのことはさて措いても、世界旅行後の記者会見で、「どうにも食べられなかったものが二つある。一つはサウジアラビアで出された羊の目玉であり、一つは日本で出されたイカの刺身である」と言ったそうじゃないか(雁屋哲著『美味しんぼの食卓』)。高貴なお方に求められる基本的な素養とは、そういうプリミティブな感情を表に出さないことなんじゃないの?

現ジョージ王子が「チャールズ」にならなかったのもそのあたりにあるのかもしれないし、この名前がジョン王のごとく「以降停止」になるんじゃないか、と日本人としては期待(?)してしまうのである。

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